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舗装道路のアスファルト
我が家の側で道路を掘り返しては、鋪装しています。一軒、新築が立つたびに掘り返すので、効率が悪いなあ・・・とみています。道路工事といえば、子供の頃の体験として、独特のコールタールの匂いが印象に残っています。最近はあまりあの匂いをかがないけれど、何で鋪装しているのだろうと思ったら、やっぱりアスファルトのようです。コールタールとアスファルトは別物でした。もっとも、アスファルトも臭いますが・・・。
今回はアスファルトのお話を少々。
1998年10月19日、秋田県の田沢湖町で2.5キログラムものアスファルトの塊が、今から4000年ほど昔の縄文時代の土器の中に発見されました。これまで日本国内で見つかった、大昔の塊としては、最大の大きさだったそうです。
日本列島の北の地方では、大昔にアスファルトがさかんに使われていました。
土器の接着剤として、土偶のかけた部分の補修用に、石を棒につけて槍にするために、そして、船の内側に塗って、水が漏らないようになど・・
地面に自然に石油がしみ出してくるところにアスファルトができました。つまり、地上に石油がでてくると、蒸発しやすい部分がなくなってしまって、黒っぽい、ドロリとした物が残るわけで、それがアスファルトです。今でも、秋田県の昭和町では、そんな風景が見られます。
現在、世界中に石油がとれる場所がたくさんありますが、そんな場所のいくつかでは、昔から石油が自然にしみ出していたことでしょう。
およそ5000年もの昔、チグリス-ユーフラテス川周辺の広い地域で栄えた古代メソポタミア文明の各王朝は、建築に、彫刻に、工芸にアスファルトを使っていました。仏のルーブル美術館に行くとそのいくつかが見られます。また、3000年以上も昔、フェニキア人達は、シリアでとれたレバノン杉を使い、アスファルトで塗固めた黒い船を駆って、地中海を行き来していました。この船で金、銀、青銅、象牙などを運び、美しく細やかな飾り物を作り各国に売っていたそうです。そういえば、世界史で、フェニキア人とか覚えたなあ・・・
他にも世界中には、ギリシャ、インド、南米、中国・・・まだまだアスファルトの記録が残されています。
石油は様々な微生物の死骸がもとですから、含まれている物質も複雑です。現在でも、実は石油のでき方は十分に解明されているわけではないし、アスファルトに含まれているすべての物質が完全にわかっているわけでもありません。石油を精製する際に取りだせますが、アスファルトを一から人工的に合成して作ることはできません。もっとも、物質が多少わからなくても、水を通しにくい。電気を通しにくい。高温にするとどろどろに溶け、普通の温度にもどると固まる。などの性質ははっきりしていますから、防水に使われ、接着に使われ、電池の電気を通さない部分にも使われてきたわけです。
2000年前後の昔に栄えた古代パルティア王朝の遺跡、現在のイラクのバグダッドで粘土の壷が発見されました。中には銅製の筒と、その中に鉄の棒。固定するためにアスファルトが入っていて、電池以外に考えられないといわれています。今の乾電池より少し弱い電気が取りだせたはずで、金細工に使っていたのではないかと考えられています。
太陽の光で変化する性質を発見して写真に利用した人もいました。これは比較的最近、今から200年近く前で、写真の第一号。
白蝋(はくろう)の板にアスファルトを塗って、写真の感光板(フィルムの先祖)第一号ができました。これは八時間ぐらい光に当てないと写らなかったので、もっと短い時間で写るものへとかわっていったために、あまり知られていませせんが・・・。
現在でも中近東には、フェニキア人のようにアスファルトを船の防水に使っている地域があります。
日本でも、縄文時代の海を行く船を再現した人たちがいました。
北海道の船大工で縄文時代にも詳しい赤澤さんが、アスファルト接着、防水を施した丸木舟をつくりました。平成14年6月19日、その船を使って、漕ぎ手達が実際に津軽海峡を横断したそうです。かつて縄文時代に、船でさかんに行き来した人々の交流を再現したイベントでした。
今は私達は、天然に沸き出すアスファルトを利用しているわけではなく、石油からガソリンや、灯油など、次々に使える油を取り出していった、最後に残るアスファルトを利用しています。
舗装道路には欠かせない物質です。固いけれど、粘っこい性質と、揺れを吸収するところがよく、重い車が走っても、割れたりしません。コンクリートだとこうはいかないものです。
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